anzuのブログ

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エンドレス・ポエトリー




11月18日 新宿シネマカリテに観に行きました。
前回の「リアリティのダンス」が3年前の公開で
ホドロフスキー御年85歳。
正直、前回のリアリティのダンスで最後だなって思ってたよ。
そんな私の勝手な予想を見事に裏切ってくれた!
3年後の今、何と、ホドロフスキー御年88歳!
前回作品の続編が公開されたのだ。
ホドロフスキーの映画は観ていて次に何がくるか全く予想がつかない。
突拍子も無い描写が次々と流され観る側の度肝を抜かしてくれるのだ。
予測がつかないから面白い。
この映画を観終わって次なる作品も絶対に撮ってくれるだろうと
実感致しました。いや、もう既に構想はしているかもしれないね。



イメージ 1

ホドロフスキーの映画には普通に小人症の人や
男性器、女性器などごくごく自然に出てくる。
いやらしいとか、醜いとか、障害者とか差別だのあーだこーだ
言ってる事から遥かに逸脱している。皆、持ってんだろ?
生きてんだろ?そっから生まれたんだろ?と言わんばかりに・・・
普通に違和感なく小人症の人が輪の中に入り誰もが皆
映画の中に溶け込んでいるのだ。
男も女もオカマも小人症も常に一線上にいて皆思い悩みながら
生きているのだ。


イメージ 2

今回も突拍子も無い映像にハッとさせられる事が多かった。
生きるとは何ぞや?
存在とは何ぞや?
決してお涙頂戴でも無く、説教でも無く
そこにはホドロフスキーの世界が散りばめられていた。

「その存在は完全な光」

上から射しこむ聖なる光でもあり
自身から発光している魂の光でもあり
一瞬で過ぎ去る人の一生をあらわす光でもあり

人それぞれの完全なる光があるのだ。

谷川俊太郎さんがコメントしてました。
色んな方がコメントしてたけど谷川俊太郎さんの言葉に
一番グッときましたね。
「無心な幼児と無心を拒む老人が同居する偽善と無縁の
多彩な世界。そこにひそむ真実を私たちは発見する」

泣かせる映画で泣くのは簡単な事。
本当の感動は泣かせる為の言葉でも無く
泣かせる為の大げさな演技でも無く
泣かせる為の音楽でも無く
ごくごく身近な普段の日常の中で人が一生懸命生きてる
事なのではないかと感じる。
それをホドロフスキーは一筋縄ではいかない展開で
決して泣かせるようなつくりでは無く映画化しているのだから凄い!
の一言です!けどね、そこに感動するのですよ・・・

公開日に行った人はポストカード頂けました。
の写真がそのカードです。
その裏にはホドロフスキーの一編の詩が載せてありました。




イメージ 3

完璧なバランスにある動機と己の暗闇
もうかつての己ではない
空はあなたのものであり、希望へと続いている
窓ガラスは噴水になる
神殿のそれぞれの石は、沈黙の子供
聖なる場所には新しい世界を築くことができる
恐れもなく、痛みもなく批判もなく
命なき頭の円光を与えよ
記憶を支配する判断を追い払え
光と影を、水と火を、男と女を結合して
黄金の光の下で、ついにあなたは神秘の人間となる
あなたの足跡はしっかり大地に残り
あなたの言葉はダイヤモンド
体の中では骸骨が踊る
あなたは何も知らず、何も持っていない
思い出すものがなく 否定もせず
自分の望みを突き進め
空から降りてくる神は
地球から昇るものと同じものだ








くぅぅぅー!
なんてカッコいい爺さんなんだ!
ホドロフスキーの次回作に期待大だね!

おしまい(●´ω`●)